ずっと靄(もや)の中に佇んでいる。
そんな時期がここひと月ほど続いた。
生活に追われ、
時間に追われ、
人生を忘れているような、
自分の中にある大切なコトバを
つかみ損ねているような気がしていた。
作家の若松英輔氏。
生きるということを深く見つめている文学者のひとり。
手を伸ばした先に、
氏の読書論の講座があった。
読書とはなにか。
生きるとはなにか。
人間の営みの本質。
生きるということは、透明な軌道を歩むこと。
読むとは、
書くとは、
その道を照らすコトバ、光に出会うこと。
問いを生きる。
そして、その問いを深めるために、
読む、書く。
世界的な仏教学者の鈴木大拙の言葉がふっと、心を通り過ぎる。
問いを解くとは、それと一つになることである。
この一つになることが、そのもっとも深い意味において行われる時、問う者が問題を解こうと努めなくとも、解決はこの一体性の中から、おのずから生まれてくる。
その時、問いがみずからを解くのである。
『禅』より
必要なのは、誰かの答えでも、言葉でもない。
己の中にある問いを見つめる。
その問いを生きる。
ただそれだけでいい。
それこそが必要なのだ。
その時に人は、読み、書く。
ちょうど息を吸って、吐くように。
目の前にあった靄が、
晴れた気がした。