「けいちゃん、学校行こう」
おかあさんの声。
ふとんをかぶって、きこえないふり。
ぼくはひきょうだ。おかあさん、ごめんね…。
朝はきらいだ。
ぼくは、いつも、ひとりぼっちだから。
*
イチカは、元気な十二歳の少女。
いつも遊びながらケラケラ笑う。
不登校なのが不思議なくらいだ。
ただ、イチカがいつも、
目を合わせようとしないことは
気になっていた。
それが単なる照れではないことは、
やがて明らかになった。
「先生、ごめんなさい…」
ある日、ご家庭に着くなり、
目を赤くしたイチカの母が謝った。
聞けば、イチカは朝から布団をかぶって、
固まってしまったという。
リビングでイチカを待つことにすると、
隣の部屋からイチカを説得する母の声が聞こえた。
耳を塞ぎたくなるほどに、
かつてみた痛みが、そこにあった。
気を紛らわそうと外に目をやると、
ベランダから遠くの方に富士山が見える。
しずかに佇むその姿は、何かを語っていた。
イチカを独りにはさせない。
衝動的にカバンからメモ帳をつかみ出すと、
短い手紙を書きつけた。
「イチカちゃんへ。外に綺麗な富士山が見えるよ。
よかったら、見てみてね。また来週、一緒に遊ぼう」
*
「やった、ウノ!」
先週のことが嘘のように、
イチカは元気に遊んでいる。
心なしか、イチカの声は弾んでいた。
「じゃあ、先生は、黄色の9だ!」
「うわ、最悪・・。うそ!わたしの勝ち!」
イチカは自信たっぷりに最後の手札を置く。
そのとき、楽しそうなイチカと目が合った。
ニコッと笑うイチカ。
その瞳には、明るいひかりが、宿っていた。
※ この記事は、事実を基にしたフィクションです。実在の人物、団体とは一切関係ありません。