第四人称の語り部

コトバを生きる日々/ 俳人 /【俳句てふてふ】▶︎▶︎川辺一生

【エッセイ13】手紙

「けいちゃん、学校行こう」

おかあさんの声。

ふとんをかぶって、きこえないふり。

ぼくはひきょうだ。おかあさん、ごめんね…。

朝はきらいだ。

ぼくは、いつも、ひとりぼっちだから。

 

 *

 

イチカは、元気な十二歳の少女。

いつも遊びながらケラケラ笑う。

不登校なのが不思議なくらいだ。

 

ただ、イチカがいつも、

目を合わせようとしないことは

気になっていた。

 

それが単なる照れではないことは、

やがて明らかになった。

 

「先生、ごめんなさい…」

ある日、ご家庭に着くなり、

目を赤くしたイチカの母が謝った。

聞けば、イチカは朝から布団をかぶって、

固まってしまったという。

 

リビングでイチカを待つことにすると、

隣の部屋からイチカを説得する母の声が聞こえた。

耳を塞ぎたくなるほどに、

かつてみた痛みが、そこにあった。

 

気を紛らわそうと外に目をやると、

ベランダから遠くの方に富士山が見える。

しずかに佇むその姿は、何かを語っていた。

 

イチカを独りにはさせない。

衝動的にカバンからメモ帳をつかみ出すと、

短い手紙を書きつけた。

 

イチカちゃんへ。外に綺麗な富士山が見えるよ。

よかったら、見てみてね。また来週、一緒に遊ぼう」

 

 *

 

「やった、ウノ!」

先週のことが嘘のように、

イチカは元気に遊んでいる。

心なしか、イチカの声は弾んでいた。

「じゃあ、先生は、黄色の9だ!」

「うわ、最悪・・。うそ!わたしの勝ち!」

イチカは自信たっぷりに最後の手札を置く。

そのとき、楽しそうなイチカと目が合った。

ニコッと笑うイチカ

その瞳には、明るいひかりが、宿っていた。

 

※ この記事は、事実を基にしたフィクションです。実在の人物、団体とは一切関係ありません。

 

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