第四人称の語り部

コトバを生きる日々/ 俳人 /【俳句てふてふ】▶︎▶︎川辺一生

2022-01-01から1年間の記事一覧

【読むと書く日々④】人を生かすもの

人間はパンで生きる以上に、肯定で生きるのである。 『レ・ミゼラブル』 食べる。 いのちをつなぐ。 古来よりパンは生命の、 そして生活の象徴だ。 だが一方で、パンだけでは、生活だけでは、 人は幸せにはなれない。 日々の生活を生きるためだけの人生に、 …

【読むと書く日々③】きょうの三冊

毎日、三冊の本を持ち歩く。 朝の支度をする時、 気分で本棚から選ぶ、 その日だけの三冊。 小説、詩集、哲学、心理学・・。 意図しているわけではないけれど、 ジャンルは被らないことが多い。 その三冊を、 通勤の電車や仕事前の喫茶店、休憩の ちょっとし…

【自作詩#6】紅葉

秋雨に うたれてもみじ つややかに いま少しだけ 紅(あか)をとどめて (箱根湯本にて)

時が止まる

ふらりと箱根に降り立った 細かい雨が地面をうち 寒気が足の底から這い上がってくる 凛とした空気を吸い込むと 心地よい冷たさが身体を吹き抜けた 温泉街を横目に雑踏を抜け さらさらと流れる早川をも越えて 老舗の蕎麦屋に足を運ぶ 昼時をとうに過ぎている…

【読むと書く日々②】悲劇の形

貧しさゆえの飢えと渇き。 七人の幼い子どもたちを食べさせるため、 男はたった一片のパンを盗んだ。 貧困が背中を押したその男がいま、 獄につながれようとしている。 この男も他の者たちと同じように地べたにすわっていた。 彼には、これは恐ろしいものだ…

読むこと。書くこと。

ずっと靄(もや)の中に佇んでいる。 そんな時期がここひと月ほど続いた。 生活に追われ、 時間に追われ、 人生を忘れているような、 自分の中にある大切なコトバを つかみ損ねているような気がしていた。 作家の若松英輔氏。 生きるということを深く見つめて…

【読むと書く日々①】昔なじみ 1冊目

古い付き合いの本がある。 なにかに導かれるように出逢い、 心にそっと寄り添ってくれた本。 本棚の決まった場所から いつも静かに見守ってくれている、 ふとした時にページをめくり、読み返してしまう本。 人生を共に歩んできた本。 そのいくつかをいま、手…

コトバをつむぐ

言葉はときに、単なる言葉以上の ちからを持つことがある。 大切な人の言葉にホッとして、涙があふれる。 憧れている人の言葉が、生きる糧となる。 こころに響く言葉。 人を生かす言葉。 哲学者の井筒俊彦は、そうした言葉を 「コトバ」と呼んだ。 オースト…

朝の習慣。夜の習慣。

習慣やルーティンというものを 持たずに生きてきた。 めんどくさがりが災いして 何事も続かないのだ。 そんな中、今年に入ってから 朝と夜に「書く」ことを始めた。 自分との対話が必要だった。 用意するものは、ノートとペン。 書き出す内容は決まっている…

死に至る病

デンマークの思想家セーレン・キェルケゴールによれば、人間には死に至る病がある。 絶望である。 映画『ロード・オブ・ザ・リング』は、絶望を描いた作品だ。 冥王サウロンに率いられた闇の軍勢が、平和な世界を襲う。 繰り返される戦争と虐殺。 絶望の闇が…

愛とは

カトリックの司祭で優れた神学者であった井上洋治神父は、人が大きく生まれ変わる瞬間について、こう述べている。 自分の弱さ、卑怯さ、みにくさすべてが”ゆるされている”と感じたとき、人は初めて変わる。 『わが師イエスの生涯』 こんな自分であるのに、ゆ…

母が亡くなってから1年ほど、 目覚まし時計のいらない朝が続いた。 頬を伝う涙に気がついて、 目が覚める。 それが朝の日課になった。 愛する人を失う。 愛する人のいない朝を迎える。 降り注ぐ朝の光が 重い。 家族の再生を描いたドラマ『This is us』 最愛…

かれの祈り

いま、思い出している。 その老人は食卓につくと いつも決まって少しばかりの微笑を浮かべながら、 三つの指を合わせて、そっと十字をかいた。 細く、シワだらけの やさしい指先。 仰々しい祈りの言葉は口にしない。 ただゆっくりと、短く、十字を描く。 そ…

【短編小説】その少女#2

私が不信感を感じたのは、それだけではなかった。 忙しく動き回る叔母から少し離れた壁際の座卓の側に、ひとりの女子高生が座っている。 彼女と会ったのは昨日の通夜の席が初めてであったが、その時からずっと、私は彼女のことが気になって仕方がなかった。 …

【短編小説】その少女 #1

夏の日差しがまぶしかったのを覚えている。 窓越しに差し込んだ光線は、ジリジリと響く蝉の鳴き声と共に、宴会場の畳を照らしていた。 その陽を背に受けながら、幼い私は瓶ジュースの王冠の群を畳の上に並べていた。キラキラと光沢を放つそれらを眺めている…

【自作詩 #5】安息

暗闇と 静けさのなかで ねむっていたい

小さなブーケ

母は可愛らしい花が好きだった。 大きな花よりも小ぶりな花を愛でることが多かったように思う。 「思う」と、あいまいな表現になってしまうのは、生前、母に花を贈ったことが数えるほどしかなかったからだ。 今思えば、とんだ親不孝だったと思う。 形にせず…

【自作詩 #4】『同じコトバ』

コトバが通じない これほど哀しいことがあるのだろうか あなたと同じコトバで話したい あなたと同じコトバで愛を交わしたい たったそれだけのこと 本当にたったそれだけのこと

【自作詩 #3】『歌声』

いま、あなたの歌声が、たしかに聴こえる 軽やかなその音色は いつまでたっても、鳴りやまぬ あなたはもう、歌になってしまった どこにだっていけるのに どこにだっていけるから こんなにも遠く こんなにも近く あなたが、聴こえる あふれる涙がこころを伝う…

【自作詩 #2】

初売りの 買い物袋が揺れている 手をとり 腕を組み 行き交う家族 恋人たち どの顔も晴れやかで 場違いなのは私だけ 重箱も おせちも 過去の記憶 つめたい部屋に帰れば たったひとり ほかほかのコンビニ弁当は ちっともこころをあたためやしない せめてものな…

【自作詩 #1 】

霊感などない私には そのひとの声は聞こえない それでも霊性はこの身に宿る たしかな経験とこころを通じて そのひとのコトバは呼びかける 差し出された手のあたたかさ 古い書物のやさしいコトバ 通り過ぎた出来事 目に見えないからこそ 目に見える形で 目に…