第四人称の語り部

コトバを生きる日々/ 俳人 /【俳句てふてふ】▶︎▶︎川辺一生

【読むと書く日々①】昔なじみ 1冊目

古い付き合いの本がある。

 

なにかに導かれるように出逢い、

心にそっと寄り添ってくれた本。

 

本棚の決まった場所から

いつも静かに見守ってくれている、

ふとした時にページをめくり、読み返してしまう本。

 

人生を共に歩んできた本。

そのいくつかをいま、手に取ってみようと思う。

 

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どん底からの心の変容は、人を新たな地平へと連れて行ってくれる。

 

山本周五郎の『さぶ』

 

主人公の栄二は、無実の罪で栄達の道を閉ざされ、

人足寄場(軽犯罪者の更生施設)に流れ着く。

 

人間不信に陥った彼は、心を固く閉ざした。

 

ある日、栄二は事故に巻き込まれ、生死の境をさまよう。

そこに駆けつけたのは、彼が冷たくあしらってきた

寄場の仲間たちだった。

 

忘れないぜ、みんな、と栄二は心の中で叫んだ。

おれは片意地で、ぶあいそうで、誰のために気をつかったこともなく、誰ひとりよせつけもしなかった。

おれは自分だけのことしか考えなかったのに、みんなはおれのために、日ごろは仲の良くない者までが、力を合わせて、おれを助け出すためにけんめいになってくれた。

みんなの声は、生涯、忘れないぞ、と栄二は声には出さずに叫んだ。

 

通り過ぎていた身近なやさしさ。

素朴な愛の形。

ささやかな幸せに気づけた時、

 

この世界がそれまでとは違って見えた。