2023-01-01から1年間の記事一覧
この暗闇が、永遠に続くなら いっそ、すべてを終わらせて… すでに強迫症は、彼から日常を奪い去って 久しかった。 そのひとに出会ったのは、そうしたとき。 臨床心理士と名乗ったそのひとを、 はじめ彼は警戒したが、気づくと静かに、 苦しみを打ち明けてい…
いつの頃からか、声なきうめきが、聴こえるようになった。 導かれるように、家庭教師という仕事を選んだ。 引き受けるのは、不登校や貧困家庭の子どもたち。 初めてその現場に入った日のことを、忘れることができない。 保護者に促されて、玄関をあがる。入…
雨は、やんでいた 駅の改札から外に出ると、 アスファルトはどこも濡れて 黒く光っている 並木道に沿って歩いてゆくと、 そこかしこで木を伝って落ちてきた水滴が 地面をとつとつ、と打っている 涼風が顔を打ち 小粒のしずくがパラパラと 肩に落ちてきた 湿…
窓の外は 傾いた陽の朱色がすでに遠い マッチを擦ると、ぱっと炎がはじけるように輝いて ほの暗い室内を一瞬、明るくした しぼんだ小さな火を竹串状の線香に近づける 先端が淡くにじんだように、ぼんやりと燃えはじめ、 白煙がすうっと、昇った 沈香の匂いが…
書店から外に出ると 調整池の向こうの空に 茜が差していた その明暗がちょうどターナーの絵のように鮮やかで、 彼は吸い寄せられるように欄干のそばに来ると、 腕をもたせて、ぼんやりと彼方を眺めた 一日のほとんどを屋内で過ごす彼にしてみれば、 日頃見る…
愛する家族を送り出した かなたへ、渡ってゆく魂を こころを置いて 時間だけが過ぎてゆく その空白に一点のシミのように 問いが広がっていった 「なぜ、生きねばならないのだろう」 生きる意味も 生きる力も 無限に後退していくような気がした 怖いと思った …
愛する人を亡くしたとき 私はコトバを手元に残した。 2023.09.06 手に食い込む棺の重さが痛い 吹きつける一月の風の冷たさが その痛みを余計にする 黒の服に点々と 粉雪が積もる うっとうしい寒さにやり切れず 曇天の空を睨んだ 我が愛する者が いま あなた…