愛する家族を送り出した
かなたへ、渡ってゆく魂を
こころを置いて
時間だけが過ぎてゆく
その空白に一点のシミのように
問いが広がっていった
「なぜ、生きねばならないのだろう」
生きる意味も
生きる力も
無限に後退していくような気がした
怖いと思った
ロシアの文豪レフ・トルストイ
彼もまたその恐怖に取り憑かれた人であった
私の生活は停止した。呼吸したり、食ったり、飲んだり、眠ったりすることはできた。が、そこにはもう真の生活はなかった、なぜなら、これを充実させることが合理的だと思われるような、そうした希望がなかったからである。
『懺悔』
彼は終生、この恐怖に怯えながら生きた
死がもたらす無気力と絶望
震えるその指で完成させた作品が『イワン・イリッチの死』だった
凡庸な官僚のイワン・イリッチ
生活に翻弄され、不幸な結婚生活の果てに
病に倒れる
病苦に喘ぎ
死の恐怖に断末魔をあげながら
彼はついに最期を迎える
「いよいよお終いだ!」誰かが頭の上で言った。
彼はこの言葉を聞いて、それを心の中で繰り返した。
『もう死はおしまいだ』と彼は自分で言い聞かした。
『もう死はなくなったのだ』
『イワン・イリッチの死』
理解よりも先に
涙が溢れた
信じたいと願っていた世界が
目の前に開かれてゆくのを感じる
未知の世界に対して
人が求めるのは
事実よりも真実だろう
死はなくなった
それが事実かは分からない
だがもし、愛するひとが(いずれは、わたしたちも)
イワンのように心安らかに最期を迎えるのだとしたら
それが真実であるなら
そのやさしい世界を
わたしは信じたいと思う