第四人称の語り部

コトバを生きる日々/ 俳人 /【俳句てふてふ】▶︎▶︎川辺一生

2024-01-01から1年間の記事一覧

【エッセイ15】遺句と返句

「永遠の記憶…永遠の記憶…」 午前中に教会で歌ったレクイエムが、 まだ頭に残っている。 その余韻に導かれ、母の部屋で 遺品を整理していた。 タンスの引き出しを開けると、 古びた写真に紛れて、 くすんだ革の手帳が一冊、眠っていた。 手帳を手に取って開…

【エッセイ14】春の陽

「あのさ、キモいんだよ。死んでくれない?」 言葉の暴力。冷たい言葉…。 この世界には、あたたかいことばも、 あるのかな。あったらいいな。 十三歳の冬は、とっても寒い、寒いんだ…。 * サオリは、十九歳の引きこもりの少女。 高校時代のいじめが原因で、…

【エッセイ13】手紙

「けいちゃん、学校行こう」 おかあさんの声。 ふとんをかぶって、きこえないふり。 ぼくはひきょうだ。おかあさん、ごめんね…。 朝はきらいだ。 ぼくは、いつも、ひとりぼっちだから。 * イチカは、元気な十二歳の少女。 いつも遊びながらケラケラ笑う。 …

【俳句を詠む日々 第一回】祈りを詠む

祈り、という営み それは、ひとの本能的欲求かもしれない 近頃そう感じている 中尊寺金色堂の阿弥陀如来坐像を 拝観した 金色の阿弥陀さま 涼やかな眼差し ふっくらとした頬 その包み込むような佇まいは 慈愛そのもの 御仏の前に 涙を流したひと 御仏の慈愛…

【エッセイ12】白い花

暮れてなほ白際立ちて花辛夷(はなこぶし) 母の遺した句には、 季節の花が詠みこまれている事が多かった。 母の命日の今日、墓前に供えようと、 一枝の花辛夷を買った。 辛夷は、かわいらしい白い花を咲かせていて、 母が愛した理由が、わかる気がした。 電車…

【エッセイ 11】よむ

祖母が亡くなって、二月(ふたつき)。 心は虚(うつろ)で、ただ流れてゆくばかりの 毎日に、焦りが募っていた。 読書だけが、かろうじて自分を つなぎとめてくれる気がした。 魂の飢えを満たしてくれることばを、 毎日探し求めては、むさぼるように本を読んだ…

【エッセイ⑩】笑顔の系譜

父は、わたしの名前を呼んだことがない。 言葉を交わしたのも、片手に収まるほどだった。 それがどうやら異質な事だと気づいたのは、 小学生の頃。 友達と彼の父親が、笑顔で会話する姿を 目の当たりにした。 呆然とたたずむしかなかった。 初めてみるその光…

【エッセイ⑨】内なる平和

母の葬儀から帰ってきた。 散らかったワンルーム。見慣れた部屋が重かった。 窓辺をみると、掛け時計が割れて転がっている。 同じだ、と何故かぼんやり想った。 * 涙の冷たさで、目が覚める毎日。 後悔と嘆き…。その繰り返しだった。 その日も、なんとはな…

【読むと書く日々⑤】詩を詠むことと生きること〜新聞に俳句が掲載された話〜

2月26日付の毎日新聞に、わたしの投句した俳句が掲載されました。 選句していただき、ありがとうございました。 mainichi.jp 俳句を始めたのは二ヶ月ほど前のこと。 母の遺品を整理していたときに、たまたま母の句集をみつけたのがはじまりでした。 木枯や「…

【エッセイ⑧】たったひとつのなみだ

強迫症の病状は悪化してゆくばかりだった。 昨日できていたことが、今日にはできない。 胃も、食を受けつけなくなった。 飢えが、孤独が、恐ろしかった。 その恐怖に耐えられず、部屋で暴れ、家族に当たり散らす。そんな日々が続いた。 そうしたときにやって…

【 自作詩#7 】『その祈り』

なつかしいのはその祈り 幼子愛でる大きな手 なつかしいのはその祈り 苦しむひとをみる背中 なつかしいのはその祈り 老いたる指でかく十字 櫛(くし)すべり落ち命果て 静かにかえるその祈り 気づけばいつもそばにあり いまなお生きるその祈り 愛するひとを…

【エッセイ⑦】こえ

棺の重さが痛い。 教会の外へ担ぎ出すと、木枯(こがらし)が吹きつけて、黒の服に粉雪がまとわりついた。 うっとうしい寒さに曇天(どんてん)をにらむ。 「愛する祖母がいま、あなたのもとへ参ります」 * 「Oカワサエ。六歳。学習障害の診断あり。学校に…

【エッセイ⑥】なみだの慰め

背中にあたたかいものを感じて、 そっと目を開いた。 朝日が襖の隙間から射し込んで、 向こうの闇を細く照らしている。 心地良いまどろみに身を任せていると、 背中越しに、ぱたぱたと忙しない足音が 聴こえてきた。 行き来するその音の調子は、 覚えのある…