背中にあたたかいものを感じて、
そっと目を開いた。
朝日が襖の隙間から射し込んで、
向こうの闇を細く照らしている。
心地良いまどろみに身を任せていると、
背中越しに、ぱたぱたと忙しない足音が
聴こえてきた。
行き来するその音の調子は、
覚えのある不器用さ。
思わず笑みがこぼれる。
聴き慣れた、母の足音。
しばらく背中でその音を聴いていると、
久しく忘れていた安らぎが、体全体に広がる。
切なさで、胸が潰れてしまいそうだった。
瞬間、冷たい現実がよみがえった。
母は、もういない。いないのだ…。
足音が、止まった。
「だめだ…、母さん、いかないで…」
頬を伝う涙に、目が覚めた。
足音はもう聴こえない。
ただ、無音がこだます部屋で、
身を震わせる涙だけが、そこにあった。
*
祭壇にひとつ、小さな写真立てが伏せてある。
ずっと、見れずにいた母の写真。
なぜいま、それに触れようとするのか…。
波打つ鼓動よりも強く、そこへ引きつける
何かがあった。
深い息をひとつ漏らすと、ゆっくりと写真を
起こす。懐かしい母の笑顔と目があった。
そのとき、確かなあたたかさが、
全身を駆け巡った。
そのぬくもりは、母が生きていた頃と
まったく同じ。
全てを包み込むと、やさしく語りかけてきた。
「大丈夫、大丈夫よ…」
母は、いま、ここにいる。
いや、ずっと、いてくれた。
変わらずにいまも、愛してくれている…。
崩れるようにうずくまると、むせび泣いた。
流れるなみだが、初めて与えてくれた慰め…。
夢中で抱きしめた。
あとには、静かに燃える炎が、鼓動していた。