第四人称の語り部

コトバを生きる日々/ 俳人 /【俳句てふてふ】▶︎▶︎川辺一生

【連載小説】第1章 百合の花 #1

 

一枚の写真がある。

茶色くくすんだカラー写真。
庭木をバックに、両手を広げた笑顔の女性がアップで写っている。

周也(しゅうや)はアルバムをくる手を止めて、その写真に見入っていた。畳にあぐらをかいていたから、ちょうどその古いアルバムをそっと抱くような格好になっている。

 

陽が傾き、茜に染まり始めた部屋の中に、クーラーの羽根の音だけが、カタカタと無機質に響く。

 

写真の中のその女(ひと)は、白いステンカラーのコートとえんじのベレー帽が明るい顔によく映えていて、こちらに向かって大きく広げられた両の腕、笑顔でくしゃくしゃになったその顔も、少女のような愛嬌がある。

 

誰が見ても、人の良さそうな女性。

周也の母である。

 

彼の知らない、若かりし頃の母・・。

ふすまが乾いた音をたてて開き、隣の部屋から段ボールを抱えた大叔父が入ってきた。畳の上にどさりと荷物を置くと、彼はアルバムに見入っている周也をちらと一瞥(いちべつ)し、

「アルバムはかさばるだろ。必要なもんだけ抜き取ればよかよ」

と腰を伸ばしながら、くたびれた声で言った。

周也は顔をあげると、

「これ、いつ頃の写真か分かりますか」

と、その写真を指さしながらたずねた。

大叔父はアルバムを受け取ると、丸眼鏡に手をやりながらしばらく眺めていたが、

「さあねぇ・・。今の周也くんと同じくらいかねぇ」

と少し困ったように、気のない返事をした。