第四人称の語り部

コトバを生きる日々/ 俳人 /【俳句てふてふ】▶︎▶︎川辺一生

2021-01-01から1年間の記事一覧

【連載小説】第1章 百合の花 #3

周也は立ち上がると、縁側の重たい窓をゆっくりと開けた。すぐにひぐらしの歓声がどっと迫ってきて、じっとりと生ぬるい空気が肌にまとわりついてくる。彼は身を乗り出すと、くたびれたサンダルをつっかけて、庭先に降りてみた。 広々とした庭は軒先をぐるり…

【連載小説】第1章 百合の花 #2

「今の周也くんと同じくらい・・」 周也は心の内でその言葉を反芻(はんすう)した。 アルバムを周也に返すと、大叔父は抜き取った写真を入れなさい、と小さな菓子箱を渡し、そのまま隣の部屋に戻っていった。 襖(ふすま)越しにガタゴトと遺品を整理する物音が…

【連載小説】第1章 百合の花 #1

一枚の写真がある。茶色くくすんだカラー写真。庭木をバックに、両手を広げた笑顔の女性がアップで写っている。周也(しゅうや)はアルバムをくる手を止めて、その写真に見入っていた。畳にあぐらをかいていたから、ちょうどその古いアルバムをそっと抱くよう…

【連載小説】はしがき 〜さよなら、絶望〜

家族に会いたい、と想う。 母が亡くなって、ずいぶんと月日が流れた。 もう全てが終わったような気がして、何もかもが嫌になったあの時から、 彼岸の家族とまた会うその時に、 笑顔で再会できたらと、 いま、この時を生きている。 不登校支援の仕事で子ども…