第四人称の語り部

コトバを生きる日々/ 俳人 /【俳句てふてふ】▶︎▶︎川辺一生

【エッセイ14】春の陽

 

「あのさ、キモいんだよ。死んでくれない?」

言葉の暴力。冷たい言葉…。

 

この世界には、あたたかいことばも、

あるのかな。あったらいいな。

 

十三歳の冬は、とっても寒い、寒いんだ…。

 

 *

 

サオリは、十九歳の引きこもりの少女。

高校時代のいじめが原因で、

家から出られなくなったらしい。

 

一念発起して大学受験を志し、

この春から私が担当する生徒になった。

 

自己嫌悪の想いが強いらしく、

いつもうつむいて、こちらの言葉に

身構えている。

そんなサオリの姿に、あの冬の自分が

重なる気がした。

 

ある時、サオリが三十分遅れてくる、

と塾に連絡が入った。

 

昼夜逆転の生活から、寝坊してしまったようだ。

自分を責めるサオリの顔がよぎる。

その顔は、凍えているようにみえた。

 

三十分後、サオリがそっと、教室に入って来た。

案の定、サオリは泣きそうな顔をしている。

いつも通り、笑顔で手を振って出迎える。

「待ってたよ。ブースに行こっか」

サオリは固いままの表情で頷いて、

ブースに向かう。

席に着いても、どことなく

落ち着かない様子だった。

 

一呼吸おいて、授業の前に伝えたいことがある、

と言うと、サオリの顔に、さっと緊張が走った。

「ありがとう」

意外な言葉だったのか、サオリは、

ぽかんとしていた。

「今日もサオリさんの顔がみれたこと、先生はそれが嬉しい。がんばったね、ありがとう」

 

サオリの表情がほころび、

うん、と大きくうなずくと、

笑顔がこぼれた。

 

はじめてみるサオリの笑顔は、

春の陽に照らされて、

あたたかく、やさしかった。

 

※ この記事は、事実を基にしたフィクションです。実在の人物、団体とは一切関係ありません。

 

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