「あのさ、キモいんだよ。死んでくれない?」
言葉の暴力。冷たい言葉…。
この世界には、あたたかいことばも、
あるのかな。あったらいいな。
十三歳の冬は、とっても寒い、寒いんだ…。
*
サオリは、十九歳の引きこもりの少女。
高校時代のいじめが原因で、
家から出られなくなったらしい。
一念発起して大学受験を志し、
この春から私が担当する生徒になった。
自己嫌悪の想いが強いらしく、
いつもうつむいて、こちらの言葉に
身構えている。
そんなサオリの姿に、あの冬の自分が
重なる気がした。
ある時、サオリが三十分遅れてくる、
と塾に連絡が入った。
昼夜逆転の生活から、寝坊してしまったようだ。
自分を責めるサオリの顔がよぎる。
その顔は、凍えているようにみえた。
三十分後、サオリがそっと、教室に入って来た。
案の定、サオリは泣きそうな顔をしている。
いつも通り、笑顔で手を振って出迎える。
「待ってたよ。ブースに行こっか」
サオリは固いままの表情で頷いて、
ブースに向かう。
席に着いても、どことなく
落ち着かない様子だった。
一呼吸おいて、授業の前に伝えたいことがある、
と言うと、サオリの顔に、さっと緊張が走った。
「ありがとう」
意外な言葉だったのか、サオリは、
ぽかんとしていた。
「今日もサオリさんの顔がみれたこと、先生はそれが嬉しい。がんばったね、ありがとう」
サオリの表情がほころび、
うん、と大きくうなずくと、
笑顔がこぼれた。
はじめてみるサオリの笑顔は、
春の陽に照らされて、
あたたかく、やさしかった。
※ この記事は、事実を基にしたフィクションです。実在の人物、団体とは一切関係ありません。