第四人称の語り部

コトバを生きる日々/ 俳人 /【俳句てふてふ】▶︎▶︎川辺一生

拝啓、父さんへ

僕があなたに呼びかけるのは、何十年ぶりでしょうか。

 

いや、ほとんど初めてと言ってもいいかもしれない。


思えば、僕はあなたと言葉らしい言葉すら、交わしたことがありませんでしたね。


親子というより、ほとんど赤の他人だった。


7年前のちょうど今頃、あなたがひっそりと亡くなったと風の噂で耳にしました。

 

「最後の最後まで人様に迷惑をかけて」


と、母さんも僕もあなたに怒っていたことを覚えています。


そして、今日の今日まで僕はあなたを許さずに来てしまった。

 

けれど、よくよく考えるまでもなく、僕はあなたの息子でした。

 

「憎い憎い」と言いながら、顔形は年々あなたに似ていきました。

 

僕はそんな自分が嫌いだったのです。

 

しかしそれは、あなたに愛されたかった想いの裏返しだった、と今日気づきました。

 

僕は間違いなく、あなたの息子として生まれてくることを選んでやってきた。

 

そして、あなたと同じ心の傷を抱えることになった。

 

今なら、あなたの苦しみが分かるような気がします。

 

いつも家族を避けるように家を出て、寝静まった頃に帰ってくる。

 

家族と一緒の時はいつもお酒を飲んでいた。

 

そうでもしないとやってられなかったのでしょう。

 

あなたはきっと、自分にこう問うていたのではないですか。

 

「俺の人生はこんなはずじゃなかった」

 

と。

 

あなたにも、本当は愛していた人がいたのではないですか。

 

でもきっと、縁を結ぶことができなかった。

愛してもいない人と結婚する羽目になった。

 

生まれた子どもを愛することができなかった。

 

でもきっとそれは、あなただけのせいではなかったのです。

 

今なら、僕にはあなたの気持ちが分かります。

なぜなら、あなたと同じ道を歩んでいるから。

 

僕は間違いなくあなたの息子だから。

 

だから、今日この日をもって、僕はあなたを許します。

 

いや、むしろ許して欲しいのは僕の方です。

 

ずっと憎んでしまってごめんなさい。

 

この命があるのは、紛れもなくあなたのおかげです。

 

あなたのおかげで、愛がなにかを知ることができた。

 

たくさんの学びを得ることができた。

 

父さん、ありがとう。

 

どうか、安らかに眠ってください。

 

息子より