第四人称の語り部

コトバを生きる日々/ 俳人 /【俳句てふてふ】▶︎▶︎川辺一生

【エッセイ16】三位一体

 

(いのち)

箱根の温泉街を抜けて、

川沿いにある蕎麦屋の外で、

順番を待っていた。

 

正面の庭に目を向けると、

細い楓の木に、小さな紅葉が、

冷たい雨に打たれている。

時々、気まぐれな山風も吹きつけて、

木を激しく揺らす。

 

それでもなお、しがみついて離れない紅葉の赤。

せつなく、あざやかに…。

いのちの姿に、なみだが溢れた。

この世界は、かなしいくらい、うつくしい。

その地平の彼方にむかって、

今日もひとは、祈り続ける。

 

(愛)

不登校の子どものかなしみに満ちた目。

その目をひたむきに愛する。

するとその瞳が、笑顔と共に

照らし出されるときがある。

 

あのぬくもりを、

なんと言葉にしたらよいだろう。

 

「愛とは聖なる神秘だ。愛する者にとって、愛は永遠に言葉を超えたものであり続ける」

カリール・ジブラン『人の子イエス

 

そう語った詩人のことばは、

真実だと想う。

 

子どものかなしみに寄り添うとき、

あのひとのやさしい手が、

たしかに、この身にふれるのを感じる。

 

そのぬくもりは、

いつも生のありかを、教えてくれる。

 

(なみだ)

愛する人たちの差し出してくれた手。

そのたしかな温もりが、

信仰の起源だった。

 

彼らの背中を追うことは、

いつしか人生そのものになった。

 

「消えてしまいたい…」

その日、寝室のライトを消すと、

妻が肩を震わせながら泣いた。

のしかかる生活の重み…。

 

彼女の肩をさすっていると、

その小ささに、涙が止まらなくなった。

 

あぁ、そうだ…。

あの人たちも、いつも悲しむ人の隣で、

一緒になみだを流していた…。

 

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