第四人称の語り部

コトバを生きる日々/ 俳人 /【俳句てふてふ】▶︎▶︎川辺一生

【エッセイ⑦】こえ

棺の重さが痛い。

教会の外へ担ぎ出すと、木枯(こがらし)が吹きつけて、黒の服に粉雪がまとわりついた。

うっとうしい寒さに曇天(どんてん)をにらむ。

 

 「愛する祖母がいま、あなたのもとへ参ります」

 

 * 

 

「Oカワサエ。六歳。学習障害の診断あり。学校に馴染めず、不登校に。心のケアができる家庭教師を希望。趣味はポケモンと…」

 

新しい仕事の依頼。スマホの画面をぼんやり眺める。

悲しみはいつしか無気力へと姿を変え、毎日が惰性で流れた。

この身に子どもを癒す力が残されているとは、とても思えない。

 

ただ、遠くから聴こえるこえが、しつこく鳴っていた。振り払っても、消えないこえ。

仕事を引き受けた理由は、それだけだった。

 

初めて会うサエは、幼く見えた。はにかむ姿が可愛らしいが、その瞳は暗い。

発話もなかった。指を差す、うなずく、首を振る…。

声を発することさえ、怖がっているようだった。

 

それは、これまでサエの見てきた世界を、大人を、物語っていた。

声なきこえだった。

サエに呼びかけたい。君はひとりじゃない、と。

 

「サエちゃん、ポケモン好き?」

 

サエは目を丸くすると、大きく頷いた。

ゲーム機に駆け寄るサエを、やさしく見守る。

 

テレビ画面にかじりついて、ゲームを始めたサエの横に座ると、一緒に驚いたり、喜んだり、悔しがったり…。

サエの声を代弁するように、声をあげた。

心なしか、サエの表情も次第に柔らかくなる。

 

唐突に、はっと息を呑むこえが、聴こえた。

 

「みて!」

 

サエは画面を指差しながら、こちらにキラキラと輝く瞳を向けていた。

 

「このポケモン、すき!」

 

そう言ってサエは、にっと笑った。

それは紛れもなく、サエの笑顔だった。サエのこえだった。

はてしなく広がるぬくもりが、そこにあった。

 

「おかえり」

 

懐かしい祖母のこえ。だが祖母のこえだけでは、なかった。

求めていた四文字の言葉。

その熱は、闇の中でもはっきりと感じられた。訪れる平安に、深い息が漏れる。

そっと、こころで十字をかくと、楽しそうなサエの横顔に、光がさしていた。

 

※ この記事は、事実を基にしたフィクションです。実在の人物、団体とは一切関係ありません。