棺の重さが痛い。
教会の外へ担ぎ出すと、木枯(こがらし)が吹きつけて、黒の服に粉雪がまとわりついた。
うっとうしい寒さに曇天(どんてん)をにらむ。
「愛する祖母がいま、あなたのもとへ参ります」
*
「Oカワサエ。六歳。学習障害の診断あり。学校に馴染めず、不登校に。心のケアができる家庭教師を希望。趣味はポケモンと…」
新しい仕事の依頼。スマホの画面をぼんやり眺める。
悲しみはいつしか無気力へと姿を変え、毎日が惰性で流れた。
この身に子どもを癒す力が残されているとは、とても思えない。
ただ、遠くから聴こえるこえが、しつこく鳴っていた。振り払っても、消えないこえ。
仕事を引き受けた理由は、それだけだった。
初めて会うサエは、幼く見えた。はにかむ姿が可愛らしいが、その瞳は暗い。
発話もなかった。指を差す、うなずく、首を振る…。
声を発することさえ、怖がっているようだった。
それは、これまでサエの見てきた世界を、大人を、物語っていた。
声なきこえだった。
サエに呼びかけたい。君はひとりじゃない、と。
「サエちゃん、ポケモン好き?」
サエは目を丸くすると、大きく頷いた。
ゲーム機に駆け寄るサエを、やさしく見守る。
テレビ画面にかじりついて、ゲームを始めたサエの横に座ると、一緒に驚いたり、喜んだり、悔しがったり…。
サエの声を代弁するように、声をあげた。
心なしか、サエの表情も次第に柔らかくなる。
唐突に、はっと息を呑むこえが、聴こえた。
「みて!」
サエは画面を指差しながら、こちらにキラキラと輝く瞳を向けていた。
「このポケモン、すき!」
そう言ってサエは、にっと笑った。
それは紛れもなく、サエの笑顔だった。サエのこえだった。
はてしなく広がるぬくもりが、そこにあった。
「おかえり」
懐かしい祖母のこえ。だが祖母のこえだけでは、なかった。
求めていた四文字の言葉。
その熱は、闇の中でもはっきりと感じられた。訪れる平安に、深い息が漏れる。
そっと、こころで十字をかくと、楽しそうなサエの横顔に、光がさしていた。
※ この記事は、事実を基にしたフィクションです。実在の人物、団体とは一切関係ありません。