第四人称の語り部

コトバを生きる日々/ 俳人 /【俳句てふてふ】▶︎▶︎川辺一生

エッセイ① 茜の空

書店から外に出ると

調整池の向こうの空に

茜が差していた

 

その明暗がちょうどターナーの絵のように鮮やかで、

彼は吸い寄せられるように欄干のそばに来ると、

腕をもたせて、ぼんやりと彼方を眺めた

 

一日のほとんどを屋内で過ごす彼にしてみれば、

日頃見ることのできぬ素朴な、美しい景色であった

 

久々に空をみた

とさえ思った

 

「一体、どれだけの空を見過ごしてきたのだろう」

 

彼はそうつぶやかざるを得なかった

 

労働を頭ごなしに否定するほど

彼は自分の中に思想を持ち合わせてはいなかった

 

ただ、自然の美しさから隔絶された生活には

やはりどこか息がつまる想いがするのだった

 

R5. 09.16