第四人称の語り部

コトバを生きる日々/ 俳人 /【俳句てふてふ】▶︎▶︎川辺一生

【読むと書く日々②】悲劇の形

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貧しさゆえの飢えと渇き。

 

七人の幼い子どもたちを食べさせるため、

男はたった一片のパンを盗んだ。

 

貧困が背中を押したその男がいま、

獄につながれようとしている。

 

この男も他の者たちと同じように地べたにすわっていた。

彼には、これは恐ろしいものだということ以外に、じぶんの立場が理解できないようだった。

なにも知らない哀れな男だが、それなりのぼんやりした考えをとおして、そこになにか酷すぎるものを感じとっていたのかもしれない。

頭のうしろで首輪のボルトが大槌でガンガン打ちこまれているあいだ、彼は泣いていた。涙で喉がつまり、口がきけなかったが、それでもときどき、

「おれはファヴロルの枝打ち職人だったんだ」

と言うことができた。

 

それから、すすり泣きながら、右手をあげ、まるで高さの違う七つの頭を順々に撫でるように、その手を七回に区切って徐々におろした。

この仕草によって、彼がなにをしでかしたとしても、それは七人のちいさな子供たちに衣食をあたえるためだったということが読みとれた。

 

レ・ミゼラブル』「第二章 転落 」より

 

迫り来る飢えと愛するいのち。

その狭間で法を犯す選択がなされたとしても。

 

いったいだれが、彼を裁けるのだろう。

 

涙に濡れた男の指先が、

触れえぬ子どもたちに触れた時。

 

その愛ゆえの罪を、

どうして指差すことができるだろう。

 

悲劇は今日も私たちの側を通り過ぎる。

 

彼我を隔てるものはただ、

運命と呼ばれる、あいまいな糸に過ぎない。