第四人称の語り部

コトバを生きる日々/ 俳人 /【俳句てふてふ】▶︎▶︎川辺一生

時が止まる

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ふらりと箱根に降り立った

 

細かい雨が地面をうち

寒気が足の底から這い上がってくる

 

凛とした空気を吸い込むと

心地よい冷たさが身体を吹き抜けた

 

温泉街を横目に雑踏を抜け

さらさらと流れる早川をも越えて

老舗の蕎麦屋に足を運ぶ

 

昼時をとうに過ぎているというのに

店の前は人でごった返している

 

仕方がないので

軒下の桟敷席で雨宿りをしながら待つことにした

 

長椅子に腰掛けて ふと目を上げると

 

小さな植え込みに

華奢な楓の木が一本

冷たい雨にうたれている

 

早川のせせらぎ

湯坂の山なみ

 

自然の大きな息吹を背に

 

ただひっそりと 

滴を身にまとった 小さなもみじの葉が

いくつか揺れている

 

時が止まる

もみじの葉と 目が合ったような気がした

 

なぜかは分からない

 

ただひたすらに

雨にうたれる小さな葉

 

水滴の重み

そよぐ風

 

それでも

細い細い木にしがみついて

紅(あか)を映す

 

そのいじらしさが目に焼きついて

離れなかった