母の葬儀から帰ってきた。
散らかったワンルーム。見慣れた部屋が重かった。
窓辺をみると、掛け時計が割れて転がっている。
同じだ、と何故かぼんやり想った。
*
涙の冷たさで、目が覚める毎日。
後悔と嘆き…。その繰り返しだった。
その日も、なんとはなしに、本棚に残っていた文庫本を手に取った。
読み始めてすぐに気づく。これは、わたしの物語…。
戦場から帰ってきたピエールのことばが、目に止まった。
「人生が軌道から外れると、もう何もかも終わりだ、という気持ちになる。でもそれは、何か素晴らしいことへの始まりでもある。人生が続く限り、幸せはある。行く手には、多くの幸せが待っている」
『戦争と平和』
ページが涙で濡れた。
そのことばは、願いというよりも、真実だと直感した。
ひとは、戦争の最中にすら、平和を見出すことができる。
ならば…。
*
家庭教師先のお宅に着くと、ドタドタッと足音が二階から降ってきた。
「オガちゃんせんせっ、きょうは、なにして遊ぶ?」
息を切らせている教え子のサトシ。思わず微笑みを返しながら、応える。
「じゃあ、スマブラ対決ね」
「やった、はやく二階いこー」
階段を駆け上がるサトシの背中に、ついてゆく。
相変わらず学校には行けないが、明るくなったサトシ…。
ふと、想う。
あれから、内なる平和を、わたしは見出したのだろうか。
サトシがこちらを振り返った。その笑顔が、全てを物語っている気がした。
※ この記事は、事実を基にしたフィクションです。実在の人物、団体とは一切関係ありません。